デ・ローサ

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生涯現役のウーゴ

ウーゴ・デローザは、12歳の時からフレーム作りに携わってきたという生粋の職人だ。1953年、18才のときに独立して自らの名 を冠した“デローザ”を興したウーゴであるが、1958年からはプロチームのメカニックとしてレースに随行する生活も送るようにな った。その頃はメカニックとフレームの製作を平行して行い、現場での声をそのまま製品作りに反映できたのである。

ウーゴがデローザを世に送り出し続けて50年の歳月が流れた。コルナゴもピナレロも創業者はすでに製作現場を離れているが、 ウーゴ・デローザは未だに現役のフレームビルダーである。今でもミラノ郊外の工房内で黙々とフレームを溶接している。まさに 「巨匠」と呼ぶに相応しいビルダーである。

エディ・メルクスとの信頼関係

デローザの飛躍の原点が、1974年からコルナゴに代わってフレームを供給したスーパーチーム“モルテーニ”、とりわけエディ ・メルクスの活躍であることに異論を唱える人はいないだろう。
メルクスはステージレースからワンデーレースまで、有名なレースから地方の小さなレースまで、手当たり次第に勝利を貪っ たため、“カンニバル(人食い人種)”とまで言われた。このようにメルクスが史上最強の選手であったことは今さらいうま でもないが、一方でバイクに関しても前例がないくらいに神経質だった。

ウーゴ・デローザはメルクスからのシビアな要求に応え、年間なんと40?50本のフレームを作ったという。時にメルクスはレ ース前日にフレームをオーダーし、ウーゴはそれに応えて一晩でフレームを仕上げ、早朝にレース会場まで運んだほどだった。

メルクスがデローザに対して寄せる信頼は絶大だった。彼が引退後に自らのブランド“エディメルクス”をベルギー・ブリュ ッセルの郊外に旗揚げする時も、フレーム作りの師匠としてウーゴを迎え入れたのだ。ウーゴは毎週末、ミラノとブリュッセ ルを往復し、メルクスにフレーム作りのノウハウを伝授した。現在メルクスの自転車は世界的なブランドに発展しているが、そ の基礎を作ったのはウーゴ・デローザにほかならないのである。


品質を保つ、メイド・イン・イタリー

近年のデローザ社の規模は大きくなった。1988年にはミラノ郊外クザーノ・ミラニーノに新しい工房を構えたからだ。 彼の3人の息子(ダニーロ、ドリアーノ、クリスティアーノ)を含め、ここで10人以上の職人が働いている。しかし年間 の生産台数は約7,000本と、デローザの規模と名声に比べれば驚くほど少ないものだ。それは妥協のない製品作りの基準 がデローザとしてはこのくらいの数字ということなのだ。有名ブランドが次々とアジアへ生産を委託するなか、デローザ は頑なに自社生産を貫く。


デローサ・ジャパン・オフィシャルサイトより




■ 2009年モデル デ・ローサ 商品リスト

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